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1991年5月28日にマイルス本人がホストとなりセントラルパークボートハウスで開催した誕生パーティーには世界各地から限定されたマイルスゆかりの人達が、美味しい料理とジャズ、ダンスで楽しい一時を過ごしました。 これが,マイルス最後の誕生パーティーでした《65歳》 マイルスの左にはクインシージョーンズ。右には,マイルスの弟が写っています。 |
誕生パーティーの招待状 MDM準備会事務局の山畑、所有 |
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練習風景は絶対に人に見せないというマイルスの貴重な写真。キーボードは作曲やアレンジに使っていると説明してくれました。 |
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友達から送られたガラスのトランペットをおどけて吹いて見せるマイルス。(もちろん音は出ません!) いつも怖い顔をしているマイルスからは想像できないマイルスの人間的な表情です。 |
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浴室に手招きされ、入ってみると0マイルスが「手を出せ」というので、手を出すと、いきなりマイルスが後ろに隠し持っていた香水の雨が・・・。 その後は、大変なにおいだったのです。 ちなみに,その香水はシャネルのエゴイストでした。 |
右の《下手な》4コマ漫画の事件!??が起こったその時、その場所の写真です。 |
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第1章 マイルスとのはじめての出逢い MDM準備会事務局 藤山容子 目黒のジャズクラブのオープニングレセプションにマイルスから招待を受け出掛けたときの事。 コンサートが終わり、控え室にあがって行くと、マネージャーが楽屋の入り口でがっちりとガードしています。聞くと、その日、マイルスは歯痛のため、すべての面会をシャットアウトしていると言うのです。しかし、名前を伝えるとすんなりと通してくれました。 部屋に入ると、マイルスはソファーで寝ていて、その横にはアメリカから私に見せる為に持ってきた、畳1畳分もある彼の絵が立てかけてありました。 マイルスは、私を見るとさっと立ち上がり、歯の痛みを忘れたかのように例のしゃがれた声で『HELLO』と言い、にっこり笑いました。その時、不思議なことに、人が言うような彼の威圧感などは全く感じることなく、身近な人にあったように自分がリラックスしていることがわかりました。 マイルスは、絵を指差し説明を始めましたが、私は、そこには偉大なジャズの帝王ではなく純粋に絵を愛する一画家のマイルスを見たのです。 |